ハッピーコンピューター R&D担当の白川です。
いろいろな騒動があった2024年東京都知事選挙もなんとか無事に(?)終わりましたね。
選挙といえば「みんなで何かを決める方法」の代表格ですが、多くの国で昔から採用され続けている単純多数決(一人一票、最も多くの票を獲得した候補者が当選する方式)は、実は欠陥だらけだということが分かっています。
ライアーゲームとかならルールの欠陥をうまく利用して勝利するみたいな展開がアツくて良いですが、選挙にはそんな展開いらないですよね。
ということで今回は単純多数決の致命的な欠陥を取り上げ、また代替となる投票方式について紹介していきます。
単純多数決の欠陥
「清き一票を」というフレーズがいつ一般化したのか定かではありませんが、選挙といえば自分の一票を最も当選してほしい人に入れるものだという認識が寄与のもの(≒普遍的な事実で変えることのできないもの)として刷り込まれている人が多いのではないかと思います。
しかしそのような想定に基づく投票はなんと18世紀後半において既に欠陥が指摘されており、より良い投票方式がこれまで提案されてきましたが、多くの国では今日まで改善がなされないまま単純多数決が採用され続けてきました。
欠陥その1:スポイラー効果
単純多数決の代表的な欠陥として「スポイラー効果」というものがあります。
これは一人一票しかないことによる票割れが引き起こす欠陥で、選挙に負けた候補者(スポイラー)が支持層の似ている別の候補者の票を奪うことで選挙の結果を左右してしまうというものです。
例えば二人の候補者がいて、この二人の決選投票では候補者Aが55%、候補者Bが45%の得票率だとします。
ここにAと類似する方向性のCが立候補してきて、Aに入るはずだった票を15%分奪ったとすると、Aが40%、Bが45%、Cが15%の得票率となり、スポイラー候補のCがいなければ落選していたはずのBが当選することになります。
単純多数決のスポイラー効果の影響は他の投票方式と比べて非常に大きく、政治コンサルタントという職業が最も活躍(暗躍?)するアメリカでは、対立候補の票を少しでも奪い取ってくれるようなスポイラー候補を資金面などで応援するという邪悪な戦略が二大政党の間で横行していました。*1
日本でも同姓同名の候補者を立てて按分票を奪い取ろうとしたり、意図しないスポイラー効果を防ぐために「共闘」、すなわち候補者を一人に絞る戦略がとられていたりするのを目にします。
欠陥その2:情報量/表現力の欠如
最も当選してほしい人のみに一票を入れる単純多数決は、票を入れた人以外についての一切の情報が得られないため、様々な投票方式の中で最も表現力のない、つまり有権者の意思が汲み取られにくい方式となっています。
投票で「この人だけは絶対に当選してほしくない」「この二人ならどちらが当選しても許容できる」というような柔軟な意思表明ができないもどかしさを感じたことがある人は多いと思いますが、これは単純多数決ならではの問題です。
またこの欠陥は無駄票(死票)の多さにもつながっており、票を入れた候補者以外に対する一切の意思表明ができないため、票を入れた候補者が落選する=その有権者の意思が100%無視されることを意味します。
欠陥その3:分断の助長
候補者にとって、単純多数決は「一位(票を入れてくれる有権者)」と「二位以下のすべて(票を入れてくれない有権者)」の二種類の区別しかないため、一位にしてもらえる可能性がある有権者を説得して一位にしてもらうことが選挙戦略となります。
一方で、一位にしてもらえる可能性がなさそうな有権者は得票数に影響しないため無視しても問題なく、なんならそういう有権者を非難し、それに対立するイデオロギーを持つ人の票を獲得しにいく戦略さえ「一位の票集め」には効果的な側面があります。
「分断」(英語ではPolarization=分極化という言葉が使われる)という言葉が、人々が共生する社会の「状態の悪さ」を測る指標、つまり「分断が大きければ大きいほど良くない社会である」ものとして認識されてきているのを感じる今日この頃ですが、単純多数決はシステム的に分断を助長するようなインセンティブを候補者に与える効果があります。
代替となる投票方式
上記に挙げた単純多数決の欠陥は、現在の政治に特に大きな悪影響を与えている要素だと思いますが、これらの欠陥に対して代替となる投票方式が存在します。
政治の歪みが大きい一方で投票方式の改善の兆しもみられるアメリカでは、以下の代替となる投票方式が州や市レベルの選挙で導入されはじめています。
優先順位付投票 (Ranked Choice Voting, RCV)
スポイラー効果の抑止に重きを置いた投票方式で、ここではInstant Runoff Voting (IRV) のことを指します。
優先順位付投票はその名のとおり、1位☆☆、2位〇〇、3位△△…というふうに当選してほしい人を順位として投票する、表現力の高い方式です。
また集計方法として、得票数の少ない候補者から順番に除外していき、次点の候補者に除外した候補者の票を移す、という処理を当選者が確定(=過半数の得票率を獲得)するまで繰り返す点が特徴的です。
例えば四人の候補者A、B、C、Dがいて、それぞれ1位の得票率が40%、30%、20%、10%だとします。
最下位のDが最初に脱落し、Dを1位にしていた有権者について、それぞれ2位の候補者に票を振り分けます。
この段階ではまだ過半数の得票率となる候補者がいないため、次に票数が最も少ないCを脱落させ、次点のまだ残っている候補者に票を振り分けます。
この時点で過半数の得票率となった候補者Bの当選が確定します。
この例では候補者BとCが票を奪い合う関係にありましたが、当選の見込みがなくなった候補者の票が、まだ当選の見込みがありそうな候補者に順位に基づいて振り分けられるため、スポイラー効果を防止しつつ、無駄票の発生もかなり抑制できていることがわかります。
一方で分断の助長という側面では、上位の順位の並びが重要である一方、下位の順位の並びは結果にあまり影響しないため、下位にされそうな有権者をがんばって説得するインセンティブがやや弱いかもしれません。
アメリカではNPO団体「FairVote」のロビー活動のおかげか、優先順位付投票が州や市の選挙で広く採用されつつあります。
なお、優先順位付投票(選好投票)は集計方法の違いによって様々なバリエーションがありますが、インターネット界隈ではアルゴリズム的に複雑だが様々な性質を満たすシュルツ方式*2が人気で、ウィキメディア財団をはじめ様々な団体の要職を決める選挙で用いられています。
承認投票 (Approval Voting)
国連の事務総長を選出する際に用いられている承認投票ですが、実は日本でも使われている投票方式で、具体的には最高裁判所裁判官国民審査でその職責にふさわしいかどうかを決める際に使われています。
承認する/承認しないの二択ではありますが、任意の数の候補者に対して票を投じることができるため、単純多数決(=一人だけしか承認できない)と比べると多少表現力が高く、またスポイラー効果を防止することができます。
また最近の研究報告*3では、マジョリティ基準(=過半数の有権者から1位に指名された候補者は、残りの有権者にどう思われていようが必ず当選する)を満たす単純多数決や優先順位付投票と比較して、マジョリティ基準を満たさない承認投票やスコアを合計する方式*4は分断を緩和するような投票結果になりやすいことが示されています。
アメリカではNPO団体「Center for Election Science (CES)」が承認投票を推進しており、一部の市などで採用されていますが、先述のNPO団体「FairVote」は承認投票の推進に反対しています。
承認投票の最大の優位性はそのシンプルさにあり、おそらく導入が最も容易な代替投票方式で、かつ単純多数決の致命的な欠点を解消できる性質を持つことから、「単純多数決の次の置き換え」としては最も適切なのかもしれません。
スコア投票 (Score Voting/Range Voting)
アメリカでは「STAR Voting」としてさらに細かな調整(戦略投票対策)がなされている投票方式ですが、基本的な考え方は私たちが政治以外の分野で何かを評価するときによく使うレート表現(星1〜星5など)と同じです。
承認投票の発展系としても捉えることができ、承認投票が各候補者に対して0か1のスコアを付与できるのに対して、スコア投票では部分点を与える選択も取れることが特徴的で、表現力の観点では最も優れています。
基本的には他の候補者とは独立にスコアを与えることができるため、スポイラー効果を抑制できます。
またマジョリティ基準を満たさないスコア投票は、どの有権者に対しても説得を行ってスコアを上げてもらうインセンティブが候補者にあり、分断を解消する効果が期待されます。
アメリカではNPO団体「Equal Vote Coalition」がスコア投票を発展させたSTAR Votingを推進していますが、先述のFairVoteがこれに反対しています。
はい、お察しの通り、アメリカではどの投票方式が次世代の選挙を担うべきかNPO団体同士で争っています(元の問題意識は同じだから協力すればいいのに…)。
最後に
単純多数決の欠陥の中でも、特に2024年現在の政治で大きな課題となっているものを取り上げ、またその課題を解消しうる代替投票方式について紹介しました。
「政治家というのは特定の属性に都合のいい政策を進め、また別の属性を冷遇するものだ」というような認識をもっている人は多いのではないかと思いますが、私はこれは現行の投票方式がそうさせているのだと強く感じています。
たくさん人がいるのにみんなおかしな方向を向いている、そんなふうに感じるときは、人ではなく仕組みやシステムに不備があるのだと思うようにすると、もしかしたら物事がちょっと良い方向に向かうのかもしれません。
*1:William Poundstone, Gaming the Vote: Why Elections Aren't Fair (and What We Can Do About It), Hill & Wang Pub, 2008.
*3:Carlos Alós-Ferrer and Johannes Buckenmaier, Voting for Compromises: Alternative Voting Methods in Polarized Societies, University of Zurich, Department of Economics, Working Paper No. 394, 2021.
*4:ボルダルール方式